クリスマスが近づいてくると、それまで恋人がいないことをそれほど気にしていなかったのに、急に焦り始める人がいます。街にはイルミネーションが増え、SNSを開けばテーマパークやクリスマスマーケットへ出かけたカップルの写真が流れてくる。友達から「クリスマスどうする?」「彼氏とどこ行くの?」といった会話が増え、仲の良かった友達にも恋人ができる。すると、少し前までは友達と遊んだり、一人で好きなことをしたりして普通に過ごしていたはずなのに、「自分もクリスマスまでに恋人をつくらないと」と思い始めることがあります。
高校生や大学生くらいの年代では、こうした焦りを感じることはそれほど珍しくありません。初めて恋人ができる人も増えますし、友達同士でも恋愛の話をする機会が多くなります。SNSを見れば、自分と同じくらいの年齢の人が恋人との写真を載せています。周りが恋愛を始めるほど、自分だけがそこへ参加できていないような感覚になることもあるでしょう。恋人がほしいと思っていなかったはずなのに、友達に恋人ができた途端に欲しくなったり、これまで普通に過ごしていた休日が急に寂しく感じられたりするのは、そのためです。
もちろん、恋人がほしいと思うこと自体には何の問題もありません。誰かを好きになり、その人ともっと話したい、一緒に帰りたい、休日に会いたいと思う。好きな人から連絡が来れば嬉しいし、自分のことを好きになってもらえればもっと嬉しい。恋愛には友人関係とは違う楽しさがありますし、誰かを本気で好きになった経験や、時には失恋した経験から、自分でも知らなかった感情を知ることもあります。
ただし、一つだけ気をつけたいことがあります。
「好きな人と付き合いたい」と「恋人がいないから誰かと付き合いたい」は、似ているようでまったく違うということです。
前者では、最初に相手がいます。この人ともっと一緒にいたい。この人のことをもっと知りたい。この人だから付き合いたい。そういう気持ちの先に「恋人になりたい」があります。しかし後者では順番が逆になります。最初に「恋人がほしい」という空席があり、そこへ入ってくれる人を探し始めます。
クリスマスまでに恋人がほしい。友達はみんな付き合っているから自分も恋愛したい。一人でいると寂しい。元恋人と別れてから毎日つまらない。誰からも必要とされていないような気がする。理由はいろいろありますが、その焦りが強くなるほど、恋愛の目的が「好きな人と関係をつくること」から「恋人がいない状態を終わらせること」へ少しずつ変わっていきます。
ここに、焦って始める恋愛の危うさがあります。
「恋人がいない=寂しい」という感覚は、どこからやってくるのか
そもそも、恋人がいないことと孤独であることは、本来同じではありません。恋人はいなくても学校へ行けば友達がいて、家へ帰れば家族がいて、休日には趣味を楽しみ、一人で映画を観たりゲームをしたりして満足している人もいます。反対に、恋人がいて毎日のように連絡を取り、週末にはデートをしていても本音を言えなかったり、嫌われるのが怖くて相手に合わせ続けたりして、強い孤独を感じている人もいます。
それなのに、「恋人がいない」という事実だけで寂しく感じることがあります。その理由の一つは、自分の状態を周囲との比較によって見るようになるからです。
例えば、仲の良い友達五人全員に恋人がいなかった頃は、恋人がいないことをそれほど気にしていなかったとします。学校が終われば一緒に帰り、休日には遊びに行き、恋愛の話になっても「いい人いないよな」と笑っていた。ところが、一人に恋人ができ、その次の一人にも恋人ができる。今まで一緒に過ごしていた休日に「ごめん、その日は彼氏と会う」と言われることが増え、グループで集まれば恋人の話が中心になる。すると、自分自身には何も起きていないにもかかわらず、「自分だけ取り残されている」という感覚が生まれることがあります。
昨日までと同じ自分です。能力が下がったわけでも、容姿が一日で変わったわけでもありません。それでも周囲が変わったことで、自分の現在地まで後ろへ下がったように感じてしまうのです。
SNSは、この比較をさらに大きくします。学校や大学にいる数十人、数百人だけではなく、スマートフォンを開けば何百人、何千人もの生活が流れてきます。ただし、そこで目にするのは、その人たちの生活の平均ではありません。何もなかった日曜日より、恋人とテーマパークへ行った日のほうが投稿されますし、喧嘩している夜より、誕生日にプレゼントをもらった瞬間のほうが写真になります。実際には別れようか悩んでいる二人でも、数日前の旅行写真だけを見れば幸せそうなカップルにしか見えないでしょう。
見る側は、他人が選んで見せている「うまくいっている瞬間」と、自分の何も加工されていない日常を比較します。その結果、現実以上に「みんな恋愛している」「自分だけ何もない」と感じやすくなります。
クリスマスやバレンタインのようなイベントになると、その感覚はさらに強くなります。普段なら一人で過ごしていても何とも思わない夜が、12月24日というだけで急に意味を持ち始める。恋人がいないことが単なる現在の状態ではなく、「自分には魅力がないのではないか」「誰からも選ばれていないのではないか」という自己評価にまでつながってしまうことがあります。
でも、少し考えてみれば不思議な話です。12月23日に恋人がいなかった自分と、12月24日に恋人がいない自分は同じです。一日で人としての価値が下がったわけではありません。それなのに、街の雰囲気や友達の予定、SNSに並ぶ写真によって、突然「一人でいること」が問題のように感じられる。
つまり、私たちが怖がっているのは、本当の意味での孤独だけではありません。「周りから孤独に見えること」や、「周りより遅れているように感じること」まで、孤独として受け取っていることがあるのです。
この感覚そのものを否定する必要はありません。人間は周囲と比較しますし、「自分も恋愛してみたい」と思うことも自然です。ただ、その焦りを「今すぐ恋人をつくらなければならない」という行動へ直結させると、ここから少しずつ相手を見る基準が変わっていきます。
焦った瞬間、「好きな人を選ぶ」から「恋人をつくる」に目的が変わる
本来なら恋愛は、誰でもいいから始めるものではありません。話していて楽しい、考え方が好き、一緒にいると落ち着く、もっと知りたい。その人との時間を重ねる中で気持ちが生まれ、「この人と付き合いたい」と思うものです。ところが、「早く恋人がほしい」という焦りが強くなると、この順番が逆転します。まず「恋人をつくる」という目標があり、その条件を満たしてくれそうな人を探すようになります。そうなると、普段なら気になったはずの違和感を見逃しやすくなります。
あまり話が合わないけれど、自分に好意を持ってくれているから付き合ってみる。友達から「あの人ちょっと危なくない?」と言われても、「でも優しいところもある」と考える。付き合う前から束縛が強かったり、こちらが嫌だと言っていることを何度もしてきたりしても、「この人を逃したら、次はいつ恋人ができるか分からない」という気持ちがあるため、判断が甘くなってしまう。もちろん、最初から相手のすべてが分かる人などいません。
付き合ってみなければ分からないこともありますし、最初はそれほど意識していなかった人を、付き合う中で好きになることもあります。だから「強烈に好きでなければ付き合うな」という話ではありません。問題なのは、分からないから付き合ってみることと、分かっている違和感を焦りによって無視することは違うということです。例えば、本当は話していて何となく疲れる。それでも「せっかく告白されたんだから」と考える。本当は相手の言葉遣いや他人への態度が気になる。それでも「今断ったらまた一人だ」と思う。本当はそこまで会いたいと思っていないのに、「恋人がいる」という状態には魅力を感じる。
そんなとき、一度だけ自分へ問いかけてみてほしいのです。
「この人と付き合えることが嬉しいのか。それとも、恋人ができることが嬉しいのか」
似ていますが、答えはまったく違います。
焦りから始まる恋愛で難しいのは、恋人ができた瞬間には、その違いに気づきにくいことです。周囲へ「付き合った」と報告できる。クリスマスの予定もできる。LINEをする相手もできる。自分も恋愛している側へ入れたような安心感があります。しかし、その安心感はずっと続くものではありません。クリスマスまであと二週間だから焦って付き合っても、クリスマスが終われば12月26日が来ます。友達に恋人ができて焦って付き合ったとしても、数週間もすれば「恋人がいる」という状態には慣れます。そのとき残るのは、目の前にいる相手との関係です。
その人と本当に一緒にいたいのか。その人と話していて楽しいのか。自分を大切にしてくれるのか。自分もその人を大切にしたいと思えるのか。恋人ができたことで得られた一時的な安心感が消えたあと、結局はそこへ戻ってきます。だから恋愛では、「恋人をつくること」をゴールにしないほうがいいのです。恋人になった瞬間はスタートであり、その後に続く何か月、何年という関係のほうが圧倒的に長いからです。
焦っていると、自分が大切にされているかより「別れないこと」を優先してしまう
焦りの影響は、付き合う相手を選ぶときだけでは終わりません。「恋人がいない状態へ戻りたくない」という気持ちが強ければ、付き合ったあとにも判断へ影響します。例えば、最初の頃は毎日のように連絡をくれていた相手が、次第に自分の都合がいいときにしか連絡してこなくなる。会う約束もこちらから誘わなければ決まらず、予定を合わせるのもいつも自分。相手の機嫌が悪い日は強い言葉をぶつけられ、こちらが傷ついたことを伝えても「そんなことで怒る?」と流される。それでも別れることを考えると、「でも一人になるよりはいいかもしれない」という気持ちが出てくることがあります。
ここで怖いのは、関係を続けること自体が目的になると、自分がどのように扱われているのかという、本来もっと大切な問題が後ろへ追いやられることです。嫌なことを嫌だと言えば、相手が離れていくかもしれない。会えないと言えば、別の人へ行ってしまうかもしれない。自分の希望を言ったら面倒な人だと思われるかもしれない。そう考えるほど、自分の気持ちより相手の機嫌を優先するようになります。最初は小さな我慢だったものが、何度も繰り返されるうちに「恋愛とはこういうものなんだ」と思うようになり、気づけば相手の都合に合わせることが当たり前になっていることもあります。
これは若い恋愛ほど注意したいところです。初めての恋愛や、まだ恋愛経験が少ない時期には、何が普通なのかを比較する材料がありません。連絡を何度も求められることを「愛されている」と感じたり、異性の友達との関係を制限されることを「それだけ好きなんだ」と解釈したりすることもあります。逆に、自分が不安だから相手の行動を制限し、それを「好きだから仕方ない」と考えてしまうこともあるでしょう。
もちろん、恋愛には多少の嫉妬もありますし、お互いに譲る場面もあります。しかし、相手と付き合うために自分の友達を失い、好きだったことをやめ、自分の意見まで言えなくなっているのであれば、一度その関係を外から見る必要があります。そこで判断を難しくするのが、やはり「一人になる怖さ」です。本当は苦しい。以前より笑うことも減った。友達からも「最近ちょっと変わったよ」と言われる。それでも別れを考えた瞬間、「また一人になる」「次に恋人ができるか分からない」「みんなには恋人がいるのに」と不安になる。その不安が大きいほど、今の関係の問題を小さく見積もろうとします。
「でも、優しいときもある」
「私にも悪いところがある」
「もう少し我慢したら変わるかもしれない」
そうやって、別れない理由を探し始めます。
人間関係は、嫌なことが一度あっただけで終わらせるものではありません。喧嘩をしたり、考え方がぶつかったりしながら関係をつくることも大切です。ただ、「問題があるから話し合って続ける」のと、「一人になるのが怖いから問題を見ないようにして続ける」のは違います。だから、関係に迷ったときには、「まだ好きかどうか」だけではなく、もう一つ考えてみてください。もし別れたあとも自分は大丈夫だと分かっていたとして、それでも私はこの人と一緒にいたいだろうか。この問いを入れるだけで、愛情と孤独への恐怖を少し分けて考えられるようになります。
別れた直後ほど、「寂しい」と「まだ好き」を一緒にしない
恋愛の焦りが最も強く現れやすいのは、恋人ができる前より、むしろ失恋した直後かもしれません。なぜなら、もともと一人だった人が一人でいるのと、昨日まで恋人がいた人が突然一人になるのとでは、感じる空白の大きさが違うからです。付き合っていた間には、恋人との関係が生活の中へ入り込んでいます。朝起きたらLINEを送る。学校が終わったら連絡する。夜には電話する。休日には会う。面白いものを見つければ写真を送る。嫌なことがあれば話を聞いてもらう。恋人と付き合うということは、一人の人が増えるだけではなく、その人との小さな習慣が生活のあちこちに増えていくことでもあります。
別れると、その習慣が一斉になくなります。朝起きても送る相手がいない。学校から帰っても連絡は来ない。休日の予定がなくなる。スマートフォンを見る癖だけは残っているのに、待っていた通知はもう来ない。そうなると、相手そのものを失った悲しさに加えて、それまで埋まっていた時間が突然空白になった寂しさまで押し寄せてきます。このとき、「こんなに苦しいんだから、やっぱり私はあの人が好きなんだ」と考えることがあります。
もちろん、それもあるでしょう。本当に好きだった相手なら、別れた直後に苦しいのは当然です。しかし、その苦しさのすべてを愛情だと思わないほうがいいのです。そこには、習慣を失った寂しさもあります。自分を好きだと言ってくれていた人がいなくなった不安もあります。友達には恋人がいるのに、自分だけ一人へ戻った焦りもあります。「もうこんな人とは出会えないかもしれない」という未来への恐怖もあります。相手への愛情、喪失感、孤独、不安、悔しさ、傷ついた自尊心。それらが一度に押し寄せるため、自分でも何が一番苦しいのか分からなくなります。
その状態で元恋人のSNSを見ると、さらに感情が揺れます。楽しそうにしていれば「自分だけ苦しんでいる」と感じ、異性と写っていれば「もう次の人がいるのではないか」と不安になり、何も投稿していなければ「向こうもまだ自分を思っているのではないか」と期待する。どんな情報を見ても、自分の感情と結びつけてしまいます。だから、失恋直後の強い寂しさだけを理由に、「復縁しなければ」「すぐ次の恋人をつくらなければ」と結論を急がないほうがいいのです。
一人になった直後の静けさは、かなりつらいかもしれません。しかし、その静けさに少しずつ慣れていくと、初めて見えてくるものがあります。付き合っている間には「好きだから」と受け入れていたことが、離れてみるとかなり無理をしていたと分かることもあります。反対に、自分が相手へ求めすぎていたことや、感情をぶつけすぎていたことに気づくこともあるでしょう。失恋後の一人の時間は、ただ次の恋人が現れるまで耐える時間ではありません。自分がどんな恋愛をしていたのかを、一歩外から見直せる時間でもあります。
「次の恋をすれば忘れられる」が危険になるとき
失恋したあと、「新しい恋をすれば忘れられる」と言われることがあります。確かに、新しい出会いによって気持ちが前へ進むことはありますし、失恋したからといって長期間恋愛をしてはいけないわけでもありません。別れた翌日に出会った相手を、本当に好きになることだってあります。問題なのは、新しい相手そのものに興味があるのか、それとも前の恋愛でできた穴を埋めるためにその人を必要としているのか、という違いです。
例えば、別れた直後に誰かから優しくされると、普段以上にその優しさが大きく感じられることがあります。元恋人から連絡が来なくなった寂しさの中で、「大丈夫?」と毎日連絡してくれる人が現れれば、その存在は非常に心強く感じるでしょう。そのまま「この人なら自分を大切にしてくれるかもしれない」と恋愛へ進むこともあります。それが本当に新しい恋へ変わることもあります。ただ、自分が弱っているときには、「その人が好き」という気持ちと「その人といると失恋の苦しさを忘れられる」という気持ちを区別しにくくなります。
そして、新しい恋人ができたことで一時的に寂しさが消えても、自分の恋愛の癖まで消えるわけではありません。前の恋愛で、嫌われるのが怖くて何でも相手に合わせていた人が、なぜ自分はそこまで合わせてしまうのかを考えないまま次へ行けば、新しい相手にも同じことをするかもしれません。束縛の強い相手ばかり選んできた人が、「なぜ最初の強いアプローチを愛情だと感じるのか」を振り返らなければ、また似た人へ惹かれることもあります。恋人ができるたび友達との関係を切ってしまう人なら、その原因を考えない限り、新しい恋愛でも自分の世界を恋人だけにしてしまうでしょう。
だから、失恋のあとに必要なのは、「半年間は恋愛禁止」といった決まりではありません。一度、自分の感情を自分で引き受ける時間を持つことです。寂しいなら、寂しいまま友達とご飯へ行ってもいい。泣きたいなら泣いてもいい。一人で過ごすのがつらければ家族と話してもいい。好きだったことを再開してもいい。元恋人のことを考えてしまう日があっても構いません。その時間を飛ばしてすぐ誰かに寂しさを消してもらおうとすると、「一人になったら次の人を探す」という方法だけを覚えてしまいます。すると次の恋愛が終わったときにも、また同じ方法が必要になります。
恋人がいない状態に耐えられないから恋人をつくり、別れたら耐えられないからまた恋人をつくる。それを繰り返していると、恋愛経験は増えているのに、一人で自分を立て直す経験だけが増えないということが起こります。
一人になることが怖いほど、恋人への依存は強くなる
「恋人がいない状態」を強く恐れている人は、恋人ができれば安心できるように思えます。しかし、実際にはそこで不安が終わるとは限りません。今度は「せっかくできた恋人を失ったらどうしよう」という、新しい不安が始まることがあるからです。付き合い始めた頃は毎晩来ていた返信が、今日は一時間来ない。以前ならすぐ返してくれたのに、既読になってから時間が経っている。SNSを見るとオンラインになっている。「スマートフォンを見ているなら、どうして私には返信しないんだろう」と考え始める。頭では、勉強しているのかもしれない、友達と話しているのかもしれない、単に返信する気分ではないだけかもしれないと分かっていても、不安がそれを上回ります。
すると安心するために、「何してるの?」「怒ってる?」「私なんかした?」と確認したくなります。相手から「何もないよ」と返事が来れば、その瞬間は安心できます。しかし、その安心が確認によってしか得られなくなると、次に同じことが起きたときにも確認したくなります。相手のSNSを見る。フォローが増えていないか確認する。誰が「いいね」をしているかを見る。異性の友達について詳しく聞く。予定を知りたくなる。安心するために始めた行動なのに、調べれば調べるほど新しい気になる材料が見つかり、さらに不安になる。
ここには厄介な循環があります。
不安になるから確認する。確認すると一時的に安心する。一時的に安心できるから、次に不安になったときも確認する。
こうして、安心する方法が「自分の中で不安を整理すること」ではなく、「相手に大丈夫だと証明してもらうこと」へ変わっていきます。その状態が続くと、恋人の行動が自分の一日の気分まで決めるようになります。返信が早ければ楽しい一日になり、遅ければ何も手につかない。会える日は幸せで、会えない日はつまらない。相手が友達と出かけていれば、自分も何か楽しもうではなく、「自分より友達のほうが大切なのかな」と考えてしまう。
さらに、恋人との時間を優先するために友達との予定を減らし、趣味をやめ、自分一人で過ごす時間もなくしていけば、生活の中で恋人が占める割合はますます大きくなります。すると恋人を失ったときに失うものが増えるため、さらに別れが怖くなる。これは、恋人が好きだから起こっているように見えます。しかし実際には、恋人以外の自分の世界が小さくなったことで、その人を失うことの意味が大きくなりすぎている場合があります。恋愛を大切にすることと、恋愛だけで自分の生活をつくることは違います。
好きな人ができても、友達は友達として大切にする。勉強や部活、サークル、趣味も続ける。一人で過ごす時間も持つ。恋人と会えない休日ができたら、「じゃあ今日は何をしよう」と自分で一日を組み立てられる。こうした恋愛以外の土台を持っていることは、相手への気持ちを弱くすることではありません。むしろ、相手へ「私の寂しさを全部埋めてほしい」という役割を背負わせなくて済むため、二人の関係を長く保つうえでも大切なのです。
「恋人がいる=魅力がある」という思い込みが、恋愛を焦らせる
高校生や大学生くらいの時期には、恋愛経験そのものが一種の評価のように扱われることがあります。「彼氏できた?」「今まで何人と付き合った?」「まだ付き合ったことないの?」といった会話が軽いノリで交わされ、その場では笑っていても、内心では気にしている人もいるでしょう。周囲に恋愛経験のある人が増えると、「自分だけ何も経験していない」という焦りが出てくることがあります。さらに、人気のある人から告白された友達を見れば羨ましくなり、自分にはそういうことが起きないと、「自分には魅力がないのかな」と考えてしまう。
しかし、恋人がいるかどうかは、その人の魅力を測る点数ではありません。
恋愛は試験とは違います。努力すれば必ず合格するものでもありませんし、容姿や性格が一定以上なら自動的に恋人ができるものでもありません。自分が好きになった人に恋人がいることもあれば、相手から好意を持たれても自分は好きになれないこともある。学校や環境によって出会いの数も違いますし、単純にタイミングが合わないこともあります。それでも「恋人ができた=自分には価値がある」と考えてしまうと、恋愛は相手との関係ではなく、自分の価値を確認するための道具になっていきます。
誰かから告白されれば、「自分もちゃんと魅力があるんだ」と安心する。恋人ができれば、「これで自分もみんなと同じだ」と思える。ところが振られた瞬間には、単に一つの関係が終わっただけなのに、「自分は選ばれなかった」「自分には価値がない」と、自分全体を否定されたように感じてしまいます。この状態では、相手のことを好きかどうか以上に、相手から好かれている自分を失いたくないという気持ちが強くなることがあります。
本当はもう関係が合わなくなっている。それでも、自分から別れたら「恋人がいる自分」ではなくなる。本当は好きではない相手から告白された。それでも断れば、次に誰かから好かれる保証はない。そうして、自分の気持ちより「選ばれている状態」を優先するようになると、恋愛はどんどん苦しくなります。自分の価値を、恋人の有無だけに預けないことです。
勉強を頑張っている自分もいる。部活やサークルに夢中になっている自分もいる。友達を大切にしている自分もいる。一人で映画を観に行ったり、知らない場所へ出かけたり、新しいことへ挑戦したりする自分もいる。外見を磨くことも、考え方を学ぶことも、将来のために努力することもできる。恋人ができたから、それらに価値が生まれるのではありません。むしろ、恋愛以外にも「自分はこれが好きだ」「自分はこれを頑張っている」と思えるものが増えるほど、恋人の有無だけで自分を評価しなくて済むようになります。
「一人でいられる人」は、恋愛を必要としない人ではない
ここまで読むと、「結局、一人で生きられるようになれという話なのか」と感じる人もいるかもしれません。しかし、そうではありません。誰かと一緒にいたいと思うことは自然です。好きな人と手をつないで歩きたい、クリスマスを一緒に過ごしたい、放課後に一緒に帰りたい、旅行へ行きたい。恋人だからこそ共有できる時間もあります。一人で何でもできるからといって、恋愛まで一人ですることはできません。大切なのは、「一人でも大丈夫」と「誰も必要ない」を混同しないことです。
一人でいられる人も、人を好きになります。恋人がほしいと思うこともありますし、別れれば寂しいし、失恋すれば傷つきます。ただ、その人がいなくなった瞬間に、自分の人生まで全部なくなるわけではありません。恋人が友達と遊ぶ日なら、自分も友達と遊ぶ。一人で過ごすなら、映画を観てもいいし、買い物へ行ってもいいし、家で好きなことをしてもいい。恋人からの返信が少し遅くても、その間ずっとスマートフォンを見ているのではなく、自分の時間を過ごせる。相手と一緒にいない時間にも、自分の人生がちゃんと動いている。
この感覚があると、恋愛での選択肢が大きく変わります。告白されたけれど、この人とは合わないと思えば断れる。なぜなら、断ったあと一人になっても、自分の生活は続くからです。付き合っている相手から何度も大切にされない扱いを受ければ、「好きだけど、この関係は続けられない」と離れることもできる。なぜなら、別れたあとに寂しさはあっても、自分を立て直せることを知っているからです。反対に、好きな人ができたときには、その人を本気で大切にできます。「一人になりたくないから離れないで」ではなく、「一人でも生きていけるけれど、あなたと一緒にいたい」と思えるからです。この違いは大きいと思います。
前者では、恋人は自分の不足を埋めるために必要な存在になります。だから失うことが怖くなり、束縛したくなったり、必要以上に我慢したりします。後者では、恋人は自分の人生を成立させるための条件ではありません。自分の人生はすでにあり、その中へ大切な人との時間が加わります。一人でいられる力とは、孤独に耐えるための強さではありません。
誰かを必要以上に恐れながら求めなくても、自分の意思で「この人と一緒にいたい」と選べる力です。
恋人がいない時間は、恋愛に失敗している時間ではない
恋人がいない時期が続くと、「何も進んでいない」と感じることがあります。特に周囲の友達が次々と恋愛を始めれば、自分だけ同じ場所にいるように思えるでしょう。でも、本当にそうでしょうか。高校生活や大学生活は、恋人がいるかどうかだけで価値が決まるものではありません。その時期にしかできない友達との時間もあります。夢中になれる部活やサークルが見つかることもあります。アルバイトをして初めて自分でお金を稼いだり、一人で旅行へ行ったり、勉強して知らなかった世界を知ったり、自分がどんな人間なのか少しずつ分かってくる時期でもあります。
そういう経験は、恋愛とは関係がないように見えて、実はその後の恋愛にも影響します。いろいろな人と関われば、人を見る視点が増えます。一人で行動できるようになれば、自分で判断する力も育ちます。夢中になれるものを持てば、恋人だけに自分の世界を預けなくて済みます。失敗したり、何かを頑張ったり、自分の力で問題を乗り越えたりする経験が増えれば、「恋人がいなければ自分には何もない」という感覚からも少しずつ離れていきます。
そして何より、自分自身のことを知る時間になります。何をされると嬉しいのか。どんな人といると落ち着くのか。何をされると嫌なのか。自分は将来どんな生活をしたいのか。どんな人間になりたいのか。自分のことが分からないまま「恋人がほしい」だけで相手を探すと、相手を選ぶ基準も曖昧になります。顔が好みだから、人気があるから、自分を好きと言ってくれたから。その程度しか判断材料がないかもしれません。しかし、自分の価値観が少しずつ分かってくると、「優しい人がいい」という漠然とした条件だけではなく、「自分が嫌だと言ったことを尊重してくれる人がいい」「友達や家族への接し方も大切にしたい」「一緒にいて無理に自分を作らなくていい人がいい」と、関係そのものを見るようになります。
つまり、恋人がいない時間にも、次の恋愛を良くするための材料は増えています。だから、その期間を「早く終わらせなければならない空白」と考える必要はありません。
焦らない恋愛は、「誰でもいい」を「この人がいい」に変えてくれる
恋愛を焦らなくなるというと、受け身になって何もしないことのように聞こえるかもしれません。しかし、焦らないことと行動しないことは違います。好きな人がいれば話しかけてもいい。出会いがなければ、新しい場所へ行ってみてもいい。自分の外見を整えたり、コミュニケーションを学んだりすることもできます。恋人がほしいなら、そのために行動すること自体は何も悪くありません。ただ、「早く結果を出さなければ」と考えないことです。
一人目と合わなければ、無理に付き合わなくていい。好きな人に振られたとしても、それで自分の価値がなくなったわけではない。周囲に恋人ができても、自分まで同じタイミングで恋愛しなければならない理由はありません。焦りがなくなると、相手を見る余裕が生まれます。「自分を好きになってくれるか」だけではなく、「自分はこの人を好きなのか」を考えられる。「付き合えるか」だけではなく、「付き合ったあと、この人とどんな関係をつくれそうか」を見られる。違和感があれば、恋人ができるチャンスを失うことより、その違和感を大切にできる。
そして、ここが一番重要です。
一人でもそれなりに楽しく生きられる人にとって、恋人は「いなければ困る人」ではありません。それでも、その人と出会ったことで、一人でいるより一緒にいたいと思う。だから、
「恋人がほしいから、この人でいい」ではなく、「この人がいいから、恋人になりたい」
という順番で相手を選べるようになります。これは恋愛を冷静な計算にするという意味ではありません。むしろ、焦りや孤独ではなく、その人への気持ちそのものを恋愛の中心へ戻すということです。
まとめ|「恋人がいない自分」から逃げるために、恋愛を始めなくていい
友達に恋人ができれば、少し羨ましくなることがあります。クリスマスが近づけば、「自分も誰かと過ごしたかったな」と思うこともあるでしょう。失恋した夜には、昨日まで来ていた連絡が来ないだけで、世界から一人だけ取り残されたように感じることもあります。そういう寂しさまで否定する必要はありません。恋人がほしいなら、ほしいと思っていいし、誰かと一緒にいたいと思うことも自然です。ただ、寂しいときほど、その寂しさをすぐに恋愛で消そうとしないことです。
なぜなら、焦っているときには「誰が好きなのか」より、「誰でもいいから一人ではなくなりたい」という気持ちが入り込みやすいからです。その状態では、本来なら気づいたはずの違和感を見逃したり、自分を大切にしてくれない相手にしがみついたり、失恋した直後に別の誰かへ寂しさを預けたりすることがあります。そして、恋人ができたとしても、孤独への恐怖そのものがなくなるとは限りません。今度はその人を失うことが怖くなり、返信一つに振り回され、相手の行動を確認し、自分の生活を恋人中心へ変えてしまえば、「一人ではなくなった」のに以前より苦しくなることさえあります。
だから、一人で過ごせるようになることには意味があります。
それは「恋愛なんて必要ない」と強くなることではありません。恋人がいなくても友達と笑える。一人の休日にもやりたいことがある。勉強や部活、仕事や趣味など、恋愛とは別のところにも自分の人生がある。失恋すれば傷つくけれど、それでも時間をかければ自分で立ち直れる。そういう経験が増えるほど、恋愛で焦る必要がなくなります。焦らなくなれば、相手を選べます。合わない人を断ることもできます。大切にされない関係から離れることもできます。そして、本当に好きな人が現れたときには、「この人がいなければ自分は幸せになれない」ではなく、「自分の人生も好きだけれど、この人とは一緒に歩いていきたい」と思えるようになります。
恋人がいない時間は、人生の空白ではありません。誰かから選ばれるのを待っている時間でもありません。自分の好きなものを知り、自分でできることを増やし、友達との関係をつくり、失敗したり挑戦したりしながら、自分自身の人生を広げていく時間です。そして、その時間を持っている人ほど、いざ恋愛が始まったときに、恋人だけを自分の世界のすべてにしなくて済みます。
周りに恋人ができたから。
クリスマスが近いから。
一人でいるのが寂しいから。
そんな理由で焦ったときには、無理に「恋人なんていらない」と思う必要はありません。ただ、一度だけ考えてみてください。自分が今ほしいのは、「恋人」という存在なのか。それとも、本当に一緒にいたいと思える「その人」なのか。恋愛は、早く始めた人から幸せになる競争ではありません。一人でいることを怖がるあまり誰かを選ぶより、一人でも自分の人生を歩きながら、それでも「この人と一緒にいたい」と思える人に出会う。
焦って埋めた空席より、その恋愛のほうが、きっと大切にしたい関係になるはずです。